工和会35周年当日のスピーチ
      
           
「工和会35年の歩み」

                                            工和会相談役小池好男

本日は工和会35周年協同組合30周年記念式典、誠にお目出度う御座居ます。
地域の皆様と共に歩いて35年本当に長い道のりでもあり、また昨日の事の様な
想出の数々、先輩諸兄の築かれた此の功績をたたえながらかえり見ますれば
昭和十六年当時大東亜戦争のさなか一億総決起をスローガンとして蒲田産業
報国会矢口支部が結成されるや宮田宜尚氏が世話役となり組織されたのが、
今日の工和会のルーツです。終戦後いち早く民需産業への切替えとともに、
矢口地区の工場群も再建し昭和23年4月宮田宜尚氏が第一回工和会創立総会を
55社を以って開催したのが名実ともに工和会の正式な誕生となり初代会長に
就任され、其の后二代目会長に長野重身氏が就任され三代目長門芳雄氏が会長
に就任温厚な人柄から全員の信頼も厚く実に十九年間に渡って会長を務められ
其の間昭和28年工和会協同組合を設立初代理事長に就任するなど今日の工和会
発展の基礎を固められたが、昭和44年4月15日57才の働き盛りを最后に帰らぬ
人となられ、初代宮田会長と共に長門会長の名は工和会と共に永遠に不減です。
四代目会長に水野良雄氏が就任、協同組合理事長には藤田義作氏が就任、平和
な親睦団体の工和会に47年8月、時ならぬ夏の嵐が吹きまくった。それは用途
地域改正試案説明会の一片の通知と共に下丸子2丁目から4丁目鵜の木にかけて
従来準工業地域から第二種特工亦は住宅地に変更された、試案用地図を見た、
水野会長は当時の回顧録に青天の霹靂の様な暴案と書かれた様に怒り心頭に
達した水野会長は藤田理事長と共に役員会を緊急召集臨時総会を開き自らこれ
が反対実行委員長となりタイムリミット三日にひかえた審議会に精力的に陣頭
指揮をとり町内会、商店会、婦人会の協力を取りつけると共に役員会員の協力
と相まって三日間で実に二千五〇〇有余名の反対署名簿を作成し、リミットぎ
りぎりに区の審議会に提出してこれが撤回に成功、正式通達と共に49年2月反対
実行委員会の解散式を行ったが其の頃すでに病におかされていた水野会長は
こうした過激な行動も災いしてか、又再び準工業地域にもどった安堵感からか、
其の年の7月7日68才の生涯を静かにとじられました。
工和会が危機に直面した時勇気をもって決断し実行された水野会長の此の功績は
工和会史上大きな一頁を飾ると共に今日の工和会発展の起爆剤となり、五代目会
長に藤田会長が正式就任、三代目理事長には藍貞重氏が就任され藤田会長と共に
勢に乗じ次期用途地域改正にそなえて会員増強運動を展開それ迄の親睦団体から
行動する工和会となり役員会員の協力でそれ迄80名前后から二〇〇名強の増強に
成功会員名簿を発行するなど大きな行績をのこし藍理事長は52年4月82才を以っ
で他界され、四代目理事長に秋山観氏が就任53年8月藤田会長、秋山理事長のコ
ンビで臨時総会を開き老朽化にともない会館建替の動議を提案、全員賛成で決議
されました。資金調達には経済活動をするため大巾に協同組合を復活させ、増強
した工和会員を協同組合に加入勧誘を行い54年4月、一八一社総資出額二千四百
十六万七千円に達し、会館建替に必要な資金の調達に成功して、54年5月待望の
鉄骨二階建の会館の竣工、翌六月天野区長様を始め二百余名の来賓をおまねきし
て盛大な落成式を行いましたが、此の頃、藤田会長には健康に異状をうったえら
れ多くの行績と会館建設と言う大事業をなしとげられごれを花道として全会員か
ら惜しまれながら其の年の10月引退され、六代目全長には新庄鷹義氏が就任。新
庄会長はこれ迄の行動する工和会から一歩前進近代化に向け組織の強化建全運営
を柱に此れ迄の副会長を四人から十一人に増強し各委員会を副会長に委嘱すると
共にニューメディア時代に向け情報交換の場として、「工和会だより」を発行す
るなど積極的運営を計り55年度用途地域問題は逆に第二種特工から準工業地域に
用途変更要望書を区、並びに東京都に提出しこれが陳述書、請願運動を展開する
などして全国でも初の承認される等再び工和会に久方ぶりに平和な春の訪れと共
に子育ての終った母親が自分の家から歩いて近くの近代化された明るい工場にパ
ートに出るそんなささやかなロマンを込めて工和会は「地域の皆様と共に歩む工
和会」をテーマとして、今日迄まいりましたが、従来工業等制限法により五〇〇
平方米以上の工場の増改築は禁止されて居ましたが私共工業振興対策小委員会の
答申にもとづき天野区長様には当時お体の具合の悪かったにもかかわらず自から
国土庁に出向き働きかけ昨年二月これが大巾に緩和されました。
数々のご支援をたまわった天野区長様に改めて盛大な拍手を送りたいと思いま
す……ありが度う御ざいました。尚、歴代会長、理事長の御尽力と役員及
会員の御努力と地域の皆様のあたたかいご理解のもと大田区の長期基本計画の構
想では住工混在の工業育成地域に指定されて居りますが、工和会全地域には程遠
く御案内の如く用途地域改正は5年毎に見直しをされて居りますが、今年は丁度
その5年目に当りますが用途地域問題に関しては工和会の総力を結集して、不退
転の決意を以って望むのが工和会の基本方針ですが会員丈の力では限りがありま
すが幸い本日は天野区長様始め用途地域問題で数々の御指導を賜った松本先生、
小林先生をはじめ会員が日頃お世話になっている監督官庁の皆様亦上部団体工連
渡辺会長様友好団体、自治会、商店会、婦人会の各会長様また本日は地域の大勢
の御来賓の皆様には今后共工和会並びに会員にあたたかい御支援と御指導御鞭撻
をひと重に賜ります様中村実行委員長になりかわりまして心から御願い申上げま
すと共に歴代会長理事長につかえ工和会の今日の発展の裏方として工和会につく
された紅一点、正田事務局長にあたたかい抽手を送り私の工和会35年の歩みを終
らせていただきます……ありがとうございました。

当日の原文のまま

附記
工和会35年の歩みを綴るなかで全員の皆様からたくさんの電話や資料をいただ
きありがとうございました。何分にも古い事なので資料不足と私がお受けしたの
が二月十五日で時間もなく資料のなかで会長理事長が重複するなど二転三転した
が会長に新しく二代目会長として長野重身氏と言う資料が見つかるなど今迄にほ
とんどの会員が知らずに忘れ去っていた二代目と言う大事な中つぎの功労者を発
見したことは35年の歩みを綴るなかで意義があったが三月十七日の式典数日前工
和会先輩の方から創立35周年はおかしい。創立は戦前から工和会は出来ていたの
だという電話がありニ、三の先輩古老の方にお聞きしたら戦前工和会として組織
されていた事を知りすでに35周年創立式典としてすべての準備が完了した今此の
事を中村実行委員長に話せば、いたずらに混乱すると考え報告しなかったが。事
実は事実として当日35年の歩みの中で、これをどう説明するか迷いましたが此の
項で次回創立式典開催迄に充分役員会で検討することでご了承賜りますよう先輩
諸兄に深くお詫ぴ申し上げると共に改めて感謝申上げて資料其の他お電話をいた
だきましたことを紙上をおかりして厚く御礼申上げます



     歴代会長・理事長
 
      初代故人 昭和二十三年  宮田宜尚
                  
      二代目 昭和二十四年   長野重身
                  
      三代故人 昭和二十五年  長門芳雄
                  
      四代故人 昭和四十四年  水野良雄
                  
      五代目 昭和四十九年   藤田義作
                  
      六代目 昭和五十四年   新庄鷹義
                  


    工和会協同組合理事長

      初代故人 昭和二十八年  長門芳雄
                  
      二代目 昭和四十四年   藤田義作
                  
      三代故人 昭和四十九年  藍 貞重
                  
      四代目 昭和五十二年   秋山 観
                  
      五代目 昭和五十八年   丸山 望
                  


昭和59年4月 「工和会だより 11号」より